己の想像力の限界を試したSF小説

地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)


タイトル 「地球の長い午後」
ブライアン・オールディス (著)
ハヤカワ文庫


食わず嫌いに近いかんじで、今までSF小説を読まなかったが、「スターウォーズ」や「猿の惑星」、「ブレードランナー」といった大ヒット映画がじつは原作が小説だったという衝撃の事実をさいきん知り、なんとなく手に取った。


読んでみるまで気が付かなかったが、SF小説というのは、なにも科学技術をフル活用して時間旅行したり宇宙人と戦ったりするだけではないのである。


「もし今の世界が~な感じになったらどうなるのだろう」という”if”の世界を追求し抜くのがSF小説の本質であり、そこに科学技術が一個も出てこないという事もあるようだ。むしろその”if”の収束点としての科学の衰退も立派なSFの一環なのだと、今回紹介する本を読んで思い至った。


「地球の長い午後」は自転と公転をやめ、昼の世界と夜の世界にはっきりと分けられた地球が舞台だ。太陽の放射線量が増加するににつれて人類が衰退した後、植物が圧倒的優位にたち、昼の世界は緑一色になった。


残り少なくなった人類はわずかに残った頭脳をもち、”他の植物におびえながら”比較的安全な超巨大植物の周辺で細々と過ごす。


この小説の印象的なところは、物語の最初から最後まで登場する植物の多様性である。朽木のように横たわって雨や外敵をしのぐために入り込んだ生き物を閉じ込めて食べる木、植物の大敵であるはずの火を使う植物、かつて地球にいた生物を模倣する植物、生物の脳に寄生して乗っ取るキノコ、月に行く植物などなど…。


訳者あとがきでも言及されていたが、著者のブライアン・オールディスはこの作品を世に出すまでに、すでにSF小説を数作品出版していた。それらの作品で模範解答的なSF小説家として認知度を上げた著者は、この「地球の長い午後」でこれまでになかったSF小説を世に出そうとしていたようだ。


そのため著者は自身の想像力の限界まで世界観を構築しようとしたに違いない。先の植物の多様性といい、物語が進むにつれ、昼の世界と夜の世界、植物が月に到達した後の人類だけでなく生き物そのものの事柄にも細部まで思考を凝らし、説得力をもって読み進めることができる。


「もし世界が~だったら」というSF小説の本質に忠実に即しているとはいえ、我々が一般的にイメージするSF小説とはちょっと気色が違う世界観に著者が挑戦していることから、これはブライアン・オールディスのブレイクスルーを促進させた一作品なのではないだろうか。
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テーマ : こんな本を読んだ
ジャンル : 本・雑誌

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くりーぴーホワイト

Author:くりーぴーホワイト
外資系企業に就職したものの、上司の英語が全く理解できないため、英語吹き替えアニメで英語学習する方法を発案して実行中。読書メモも兼ねてなるべく頻繁に更新するよう努めている今日この頃。

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