日本のハードボイルド小説の金字塔

野獣死すべし (光文社文庫―伊達邦彦全集)



タイトル 「野獣死すべし」
大藪春彦


この本は1958年から連載が開始された大藪春彦の小説、「野獣死すべし」の作品集である。


ハルピンで生まれた主人公、伊達邦彦は父が経営していた会社が倒産。その際に戦争が勃発し、道端に転がる死体を横目に北京、奉天、新東、平壌と流れ、朝鮮軍、ロシア軍の管理下に置かれた。


そこで経験した凄惨な運命に翻弄されながらも、父の故郷である日本にたどり着くことに成功した。


日本に落ち着くと、邦彦はチンピラと関わりを持つかたわらロシア文学に傾倒していき、人類の意識の極致を垣間見、自分のこれまでの運命と相まって常軌を逸した意識を形成し、一個の悪霊と成り果てる己を自覚してゆく…。


実をいうと、ハードボイルドと呼ばれるジャンルを読むのは初めてなのであるが、やはり銃の性能や形状についての説明がとても丁寧に盛り込まれているところが印象的であった。


どういった銃を使うのか、どういった場面で使う事で最大限の効果を発揮することができるのかをきっちりと描写することで、まるで自分の手に中にあるかのように冷たくて重たい感触が伝わってくる。


また、この作品においては邦彦の心理描写が随所にもうけられているが、そこで彼の深層に渦巻いている怨念のすさまじさを垣間見ることができる。


生々しい心理描写とともに、幼少期に彼の中から人間的な物を奪い去った「なにか」に復讐を誓い、ストイックに己を高め、巧妙に計画を練り、邦彦は前代未聞の大犯罪に手を染めていく。


しかし、彼が作中に「なにか」と言及するように、復讐の銃を向ける対象は彼自身よくわかっていない。


過去の自分に凄惨な過去を植え付けた対象すべて、つまり社会全体という事なのであろうが、それを打ち消すために彼はあらゆる快楽を求め、つまり犯罪の規模が大きくなってゆくのである。


彼は作中にこう語る。


現世の快楽を極め尽くし、もうこの世に生きがいが見出せなくなった「時」が来たら、後はただ冷やかに人生の杯から唇を離し、心臓に一発射ち込んで、生まれてきた虚無の中に帰っていくだけだ。




彼の飽くなき欲望が満たされたとき、彼は静かにこの世から退場するという言葉を残していている。


常軌を逸した破壊欲に身をやつしている彼からは想像しがたい場面のようにも思えるが、ある時ふと自分の中の虚無感を認識し、気が付いたら自分の胸に銃を向けているという風景が想像できてしまうから不思議だ。


社会への復讐という終わりのない快楽に身をゆだねるダークヒーローとしての伊達邦彦の生き様は、一つの極致であり、とても真似できるものではないが、彼の狂気的なストイックさはどこか憧れを抱かずにはいられない。

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テーマ : こんな本を読んだ
ジャンル : 本・雑誌

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くりーぴーホワイト

Author:くりーぴーホワイト
外資系企業に就職したものの、上司の英語が全く理解できないため、英語吹き替えアニメで英語学習する方法を発案して実行中。読書メモも兼ねてなるべく頻繁に更新するよう努めている今日この頃。

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