私が「英語の早期教育は危険」だと思う理由

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タイトルにもあるように、個人的見解としては小学校低学年での英語学習は悪影響の方が大きいと思います。


下記の理由で世間一般で認識されている「英語至上主義」というものは、実はそれほどのものではないという自論にもとづき、そしてそんな英語のために幼少期の大事な時期を英語に費やしてしまう事に危険を感じます。


私の知らないところで下記の問題が解決されるような政策がとれているのなら、私は幼少期の英語教育に賛成してもいいかなと思います。



①そもそも「英語さえ話せれば安泰」という考えが時代に逆行しつつある



世界はグローバル時代に突入しています。このために他国との距離が近くなり、必然的にコミュニケーションをとるために第二言語を取得する必要性が出てきたわけです。


その結果、「世界的に一番影響力があったイギリスとアメリカの言語である英語」が世界共通語としての役割を果たしましたが、2017年の今日、中国やインドが台頭してきて、イギリスやアメリカの力が弱まってきたために英語の影響力も変化しつつあります


「英語は文法的に簡単だから共通語としてこれまでも、そしてこれからも使われる」という考えもなくはないですが、しかしどう考えても今と同じくらいの影響力を維持できるとは考えられません。


地理的に考えても日本人は英語を習得するよりも他の言語を勉強した方がイイのではないかと思います。


中国語や朝鮮語は近隣の国の人たちが使い、また使用話者も多くて文法も似ていて漢字も使うため、明らかに英語を勉強するよりも早く習得でき、そして実用的だと思います(私は話せませんけど)。


「成功したい」とか「年収を上げたい」という理由で第二言語を学ぶなら、私ならわざわざ競争率が高い英語より、数十年後に台頭しそうな地域の言語、例えばアラビア語とかフランス語(アフリカ系の人達の間でよく話されているから)とかの言語を習得すると思います。




②幼少期から英語教育しても、みんながイメージするバイリンガルは誕生しない



みなさんはバイリンガルという言葉を聞いて、どんなイメージを持ちますか?


日本人の場合「日本語が普通に話せて、それで英語(第二言語)がネイティブみたいに話せる人のこと」というイメージを持っていませんか?


しかし、実際問題そんなバイリンガルは日本にはごく少数しかいないと思います


この割合は小学校低学年から英語の勉強を始めても増えません。完璧なバイリンガルは、幼少期に4~5年ほど外国に住んでいてもなれるものではないからです


「いやでも私の知っているハーフ、帰国子女の00さんは日本語が普通にできて、それで英語の話し方も発音もネイティブみたいだよ!」という方もいらっしゃると思います。


じっさい私の友人にも何人かそんな人がいます。


しかし、その人たちは第二言語を話せる代わりに、どこかしら言語的に妥協しているところはありませんか?


小学生でも知ってる漢字が読めない、日本語の語彙がちょっと残念、発音はネイティブだけどよく聞いてみると頻繁にどもる、等々…。


上記のケースでも、外国語が話せるという利益の方が大きく享受できる日本においては全く問題はありませんが、この状況が悪化して社会問題になっている国やコミュニティーがあります。


その問題の原因の一つが幼少期の第二外国語教育の導入によるものと言われています。




③「ダブルリミテッド」が引き起こす負の側面



シンガポールは幼少期の英語教育を導入した国の一つで、日本もシンガポールの教育内容をマネしようとしている部分があります。


しかし、実際は民族語である中国語と英語を両方使いこなすことができる人は10%くらいしかおらず、大半が両方を十分に話せる水準にないセミリンガル(ダブルリミテッド)が占めているのだそうです。


似たような状況により、コミュニティーの秩序が崩壊したという事例も残念ながら現在でも存在します。


カナダのエスキモーがそれに該当します。先住民だったエスキモーのコミュニティーに白人文化が押し寄せ(つまり侵略されて)、自分たちの文化や言語を取り上げられて、現在では半分以上のエスキモーが中卒で、自殺率の増加、アルコール中毒の蔓延が社会問題になっています。


この社会秩序の荒廃の原因の大きな一つとして、自分たちのアイデンティティー(言語もその一つ)を取り上げられたことによる社会的自信の喪失が挙げられます。


シンガポールもイギリスに侵略された歴史があり、また日本もアメリカにコテンパンにやられた過去があります。


シンガポールは経済的にノッていますが、地理的にいい場所にいて、実用性の高い中国語を話すことができるという幸運が作動したからで、今日需要が低い日本語を話す日本においては、このまま幼少期の英語教育を導入すれば、程度は違えどエスキモーと同じタイプの道を歩くと予測できなくもありません。




④英語を優先させるあまり、他教科がおろそかになる



英語は「自分の考え」を伝えるためのツールでしかありません。英語が話せても「自分の考え」が無いならば結局は話せないのと一緒だと思います。


日本人大学生はこの傾向が強いように思います。


日本の大学生は講義中にディスカッションの時間を与えても話そうとはしません。話すのが恥ずかしいという雰囲気もありますが、まれにいる口数が多いヤツを中心にいつも話が流れる印象です。これはつまり、口数の多いヤツに全て任せて、自分は何も考えていないという風に思うのです。


外国語を話すことができるという能力は、日本にはチャンスをものにする可能性が広がる素晴らしいスキルだと思います。


しかし逆に考えた場合、あなたが会社の社長だと仮定して「日本語を話すこと以外能力のない外国人」を雇いますか?


私なら雇わないでしょう。日本語を話すだけの外国人と比べたら、日本人を雇った方が性格も理解しやすく安心できるからです。これは私だけでなく他の人、他の国でも同じことです。海外で戦うなら言語以外に何か有力なスキルを持たないといけません


その有力なスキルを培うために、外国語ではなく、国語、理科、算数、音楽、図工などに時間を割くべきだと思うのです。




⑤高校・大学から英語を始めても、なんだかんだで間に合う



私ごとで恐縮ですが、私は高校時代の英語の成績は学年でビリから7番目でした。それでも今は外資系で働いていて、アメリカ人の上司としっかり英語でコミュニケーションがとれています。


大学に入ってから英語の勉強をやり始めた私ですが、なんだかんだで間に合っています。それも真社会性生物とゲーム理論をくっつけた訳の分からない専攻をとって、英語は片手間で勉強しただけです。


文法が間違っていようが相手が内容を理解してくれれば、そこまで問題じゃないと思います。肝心なのは下手な外国語でも、話の質がしっかりしていれば、相手の方から理解しようとしてくれることです。


そういった質のある話ができるようになるためには、小学校低学年から英語の勉強を始めるのではなく、自分たちの脳で考える土台、まずは自国語である日本語を徹底的に培って、その次に算数や理科、音楽や図工などで自分たちの可能性の幅を広げることが大切だと私は考えます。


なんなら「外国語はできないけど他の能力が高いから、外国人が私と話すために日本語を勉強してくれる」くらいが理想ではないでしょうか(笑)
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テーマ : 英語・英会話学習
ジャンル : 学校・教育

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くりーぴーホワイト

Author:くりーぴーホワイト
外資系企業に就職したものの、上司の英語が全く理解できないため、英語吹き替えアニメで英語学習する方法を発案して実行中。読書メモも兼ねてなるべく頻繁に更新するよう努めている今日この頃。

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