マリー・アントワネット: 国を動かす「流行そのもの」

マリー・アントワネット ファッションで世界を変えた女




タイトル 「マリー・アントワネット ファッションで世界を変えた女」
石井美樹子
河出書房新社


「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」というセリフで有名なフランス王妃、マリー・アントワネット。


政略結婚の面が強い当時の婚姻事情の例に漏れることなく、オーストラリアのやんごとなき家柄の主であるマリア・テレジアの娘であるマリーは、フランスのルイ・オーギュスト(ルイ16世)の嫁として差し出されました。


当時どこの国でも共通していた認識の一つとして挙げられるのが「王妃は王の子供を産んで、後世へ血を残さなければならない」という事でした。実際にマリア・テレジアはマリー・アントワネットへの手紙に「すべて(両国の安寧のこと)はあなたにかかっているのです」と記されていたそうです。


子供を産むか否かで国レベルで影響する力を持っていたマリー・アントワネットですが、王妃として彼女は他の分野に関しても多大なる影響を及ぼしていました。


それが社交界、特にファッションの分野です。




現在のファッションの流行は、おおまかにいうと国際流行色委員会が数年前から流行色を決めて、それをもとに各分野の企業がその色に合いそうなデザインや装飾を予測して発信しますが、マリー・アントワネットの時代は「王妃が流行そのもの」であり「お手本」だったのです。


例えば、コルセットを身に着けることが当時の貴族社会の女性にとって普通だったのに対して、マリーはコルセットの一種「グラン・コール」を身に着けることを拒否し、宮廷は大騒ぎ。「離別」や「結婚の破棄」などを訴える宮廷人が出始めるほど騒ぎが大きくなり、最終的にはパリの貴婦人のサロンで、街角で、国外にまでうわさが広まりました。


コルセット一つで国がどよめいた当時において、「マリー・アントワネットがやっていたから」と言う理由で髪型も想像を絶するものが流行っていました。


印象に残っているのが「フリゲート艦風髪型」です。数年前、「~盛り」という髪型が流行っていましたが、コレを上回るほどの髪型が王妃であるマリーを中心に広まっていきました。なんといっても戦艦が頭の上に乗っかってるんですから。


marie-antoinette-ship.jpg


この髪型を見た気婦人会の面々は、次の日にはこぞって戦艦を頭に乗せて社交界に顔を出すようになったとか。


数百年後の時代に生きる私たちが見るために、当時のファッションは奇妙に映りますが、現在のファッション事情も数百年後の人が見ると「あいつら何やってんだwww」みたいな感じになるんでしょうね。


儚いものです。でもその隆起する一瞬の爆発的エネルギーが人々を魅了して止まないのでしょうね。
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ジャンル : 本・雑誌

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くりーぴーホワイト

Author:くりーぴーホワイト
外資系企業に就職したものの、上司の英語が全く理解できないため、英語吹き替えアニメで英語学習する方法を発案して実行中。読書メモも兼ねてなるべく頻繁に更新するよう努めている今日この頃。

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