お代官様の悲喜こもごもをつづった実態本

代官の日常生活 江戸の中間管理職 (角川ソフィア文庫)




タイトル 「代官の日常生活」

西沢淳男 (著)
角川祖f日亜文庫



江戸時代の中間管理職と言われているお代官様に関する悲喜こもごもを、当時の代官の豊富な活動記録をもとに迫った一冊です。


お代官様と言えば、「水戸黄門」などで持ち合わせの権力で手下どもを従わせ、農民などに悪さを企てるイメージを持たれがちですが、実際の代官は新田開発や年貢の徴収などを請け負うに当たり、一部は不正をしていた代官もいたようですが、当然ながらほとんどの代官は誠実に職務を全うしていたようです。


それもそのはず、役人である代官は旗本に属していますが、旗本の半分が代官なのですから。つまり、およそ半分を占める代官が好き勝手にしていたら徳川幕府は260年も続かなかったということです。

徳川幕府が成立した直後と幕末では代官の様相は大分変わったようです。幕初は代官と言うものは世襲制で、代々受け継がれていく職業でしたが、時が経つにつれて大飢饉や世襲制の弊害がはなはだしくなり、代官職の人事の総入れ替えが行われ、一部の例外を除いて実力主義、文人的素養を持ち合わせた者たちを代官として登用するようになっていきました。


代官という位は旗本でも最下位に位置付けられて、現代でいうところの技術系ノンキャリア公務員という位置づけだったとか。その位置づけのため、農民との接点も多く、農民と上司の連絡係的な役割も果たしていたようです。例外的に現代の副大臣レベルまで出世した猛者もいたとのことですが、大半が代官のまま一生を終えたようです。


代官のまま一生を終えたと言いましたが、当時は定年という考え方はなかったようで、70歳80歳になっても仕事をしていたようです。このレベルになってくると「今までよく仕えてくれた」という功労賞的な意味合いで代官よりも高い位の郡代などに抜擢されたようです。


先が見えてるころに出世しても、正直うれしくないですね(笑)とくに江戸後期は世襲制が弱まっているため、その地位が息子に受け継がれるという事でもないので、ただ名誉のためという側面が強いように見えます。私の場合は地位はいらないから、遊ぶ時間が欲しいです。


また、代官はなかなかの転勤族だったようで、中には7~9回も転勤する代官もいたようです。勤務形態も結構ブラックで、一日4~6時間が平均的な勤務時間でしたが、定年が無いうえ、年の休日が20日かそこらだっただそうです。そして転勤を断ると、反逆の罪で切腹を命じられるという事もあり、ある意味命がけの職務だったようです。


こうやって代官という職を見てみると、代官は江戸幕府の発展に十分貢献していると言われるに値する位ですが、なかなか世知辛いところもあったらしく、一概にいい面だけが輝いている職だとは言えないみたいですね。


でも、それは現代の公務員も同じなのでしょうね。
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くりーぴーホワイト

Author:くりーぴーホワイト
外資系企業に就職したものの、上司の英語が全く理解できないため、英語吹き替えアニメで英語学習する方法を発案して実行中。読書メモも兼ねてなるべく頻繁に更新するよう努めている今日この頃。

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