25歳で艦長に就任、異例の大出世か、それとも苦渋の決断か…

25歳の艦長海戦記―駆逐艦「天津風」かく戦えり (光人社NF文庫)


タイトル 「25歳の艦長海戦記―駆逐艦「天津風」かく戦えり」
森田 友幸 (著)
光人社NF文庫


この本は一人の艦長について書かれた本である。艦長の名前は森田友幸、天津風に搭乗する前に水雷長としていくつかの駆逐艦で戦闘経験がある人物であり、この本の著者でもあります。


巡洋艦「鳴海」や駆逐艦「霞」で水雷長としての責務を全うしたのち、昭和二十年二月に駆逐艦「天津風」の艦長に任命されました。


現代の私たちが想像するに、若干25歳で戦艦の艦長として抜擢されるという事は異例の人事です。ちなみに前艦長の田中正雄大佐は著者の森田友幸大尉よりも18歳も年上です。「艦長拝命は兵科将校にとって最大の栄誉である」と著者と言及している通り、当時としても異例の配置だったのでしょう。


しかし、艦長への就任にあたって引き継ぎが行われた際、駆逐艦「天津風」は"前半分が消失"していました。森田大尉に引き継がれる前に「天津風」は「雪風」と共に「千歳」の護衛にあたっていて、アメリカの潜水艦と遭遇、魚雷に直撃し、船首から第一煙突までが沈没してしまったのです。砲門も指揮装置に不備があり、実質的な戦力は本来の4分の1だったそうです。森田大尉はこの「天津風」の突貫工事中という最悪のタイミングで引き継ぎを命令されたのです。


けっきょく、船首が破損し、砲門も十分に使用できない状況で戦場に赴いた森田大尉が搭乗する「天津風」でしたが、なんとこの壊れた船首がなんども「天津風」を救う事になります。その辺は本書を読んでみてお楽しみください。


この本でたびたび言及されるのが、日本軍とアメリカ軍の物量と戦闘方法の差です。当時の日本軍は戦艦を主体とした戦術でしたが、アメリカ軍は戦艦での戦闘は行わず、航空機と潜水艦を主体に日本軍を追い込みました。


印象に残ったのはアメリカ軍駆逐艦の日本潜水艦の対処方法です。太平洋戦争において潜水艦との戦闘で戦艦は不利に立たされがちでしたが、アメリカ軍は潜水艦に対して二席以上の戦艦で対処、連続攻撃で潜水艦の処理にあたるようにしていたという事が戦後に分かりました。これを可能にしたのがアメリカ軍の優れた水中探査技術で、日本の探査技術は停止中または15ノット以下でないと雑音で使い物にならなかったのに対し、アメリカ軍の技術は実践に耐える水準に十分達していたとのこと。


戦闘方法、物量、技術、の3つにおいて圧倒的な差を突き付けられていた、日本軍でありましたが、そういった苦難を創意工夫で乗り越え、終戦まで生き残ったという功績は計り知れないものがあると思います。


また、「天津風」の艦長としての任を全うした後のエピソードも内容が濃く、海賊が登場したり、赴任先の村人に襲撃されたりで目が離せない経歴を森田氏は経られました。


戦艦が好きな人も、伝記が好きな人もマルチに楽しめる内容だと思います。



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くりーぴーホワイト

Author:くりーぴーホワイト
外資系企業に就職したものの、上司の英語が全く理解できないため、英語吹き替えアニメで英語学習する方法を発案して実行中。読書メモも兼ねてなるべく頻繁に更新するよう努めている今日この頃。

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